学級戦争第二十一話「時代遅れじゃいられない」

2018.06.19

 

 

人は案外簡単に「当事者」になってしまうものだ。
それが、本人の意思ならまだいい。
問題は、そこに本人の意思がまったくなかった時。
例えば…

 

 

「中村さんっ おはよう」
「おー、おはよう」
いつものように香帆と他愛ない話をしながら授業開始前の時間を怠惰に過ごす。この時間が学校に居る時間で一二を争うくらい眠い。ちなみに対抗馬は給食後の昼休み。そんなところにやってきたのはクラスのムードメーカー犬飼くん。彼はクラスの誰とでも仲が良いから私も他の男子に比べて結構話すとはいえ、さすがに普段朝の時間の井戸端会議にはあまり参加してこない。
つまりまあ、珍しいな、と思いながら何とはなしに返事を返した。彼が持ってきたのが特大級に面倒な話だとは知らずに。
「忘れちゃうと困るから先に伝えておくね。僕、今日日直だから放課後の文化祭実行委員会、中村さんお願いできる?とりあえず一回目はどちらか片方だけでも大丈夫みたいだから」
「……なんであたし?」
文化祭実行委員会?なんでそれを犬飼くんが頼んできて、その頼む相手が私なのか。本気で分からなくて、軽く固まってしまった後に出てきた言葉は、何のひねりもない当然の疑問だった。
「えっ?だって中村さん、文化祭実行委員だから…」
ちょっと困った様子でぱちくりと目を瞬かせる犬飼くんは、とりあえずいつものいたずらっ子モードではないらしく、その言葉が嘘でないことを物語っていた。
私の記憶では、ここまでにそんなものを決める時間はなかったはずだ。……少なくとも、学校に居て起きている限りは。
「…それさ、いつ決まった?」
「先週の…木曜日かな。中村さんが休んだ日のHRで…あれ?誰からも聞いてない?」
「…………ちらりとも」

 

人は案外簡単に「当事者」になってしまうものだ。
それが、本人の意思ならまだいい。
問題は、そこに本人の意思がまったくなかった時。
例えば…

ずる休みしたら、その間に勝手に文化祭実行委員にされてる時、とか。

 

犬飼くんから視線を外し、涼しい顔であたしの机に手をついてここまでの会話を聞いていた香帆に抗議する。
「ちょっと香帆!あんた委員決めの時わざと黙ってたでしょ!あたしがそういう面倒な役嫌いなの知ってるくせに何で止めてくんなかったの!」
「さあ~?日直だったのに平気で仮病使ってずる休みするからバチが当たったんじゃない?」
自業自得でしょ、と言いたげな香帆に言葉を失う。
た、確かにずる休みしたけど。仮病だったけど。反論しなきゃ認めるも同然なんだけど、厄介なことに香帆はあの日あたしが二度寝して遅刻確定だったことも、寝ぼけ眼で玄関に出てきて体調には一切言及していないことも知ってる。つまり、反論は、ムダ。
だ、だけど…
「こんなの横暴だ!だって自分がその場にいるなら拒否も出来ようものを、人がいない隙に勝手に人柱にするだなんて。絶対にひどい。こんなのが許されていいの!?香帆はめぐちゃんが可哀想じゃないの!?」
「仮病でずる休みするのは横暴じゃないの?それに巻き込まれて一人で日直やらされた二ノ宮くんのが可哀想だと思うなー、香帆ちゃんは」
「(…先週、中村さんずる休みだったんだ……)」
…これはダメか……香帆はこの件に関して、完全に私の敵のようだ。ぐぬぬ。反省しなさいと言いたげな香帆の態度に、怨みがましく可愛くない顔で睨むことで返すと、様子を見ていた犬飼くんがおずおずと口を開く。
「えっと…で、お願いするね?中村さん…」
「えー…なんでよ…犬飼くんも行こうよ…ひとりぼっちは寂しいじゃん…」
椅子に座った私と、立っている犬飼くん。必然的に見上げる形になりながら懇願する。だって一人で行ったら話をちゃんと聞いてメモを取ってそれを犬飼くんに伝えなきゃいけない。それってとてつもなくめんどくさい。
「うーん…そうしたいんだけど。ほら、さっきも言ったけど僕日直の仕事があってさ…」
いたずらっ子ではあるものの、基本的には素直でいい子(っていうあたしの印象)の犬飼くんは、困ったように眉を下げる。なんだか下がった犬耳が見えるようだ。
「もう一人の日直に頼めばいいじゃん?したら犬飼くんは実行委員会に行けてあたしは帰れるよ」
「帰らないで!?」
チッ。そこは聞き逃さないか。
と、犬飼くんがちょっとだけ後ろを振り向き何かを確認してから、私に顔を寄せて声をひそめて話を続ける。
「僕の日直ペア、鶯谷さんでしょ?前回日直の時、宇佐美くんが日直忘れてて、一人でやる羽目になったのすごく怒ってたからさ、今回も~なんてなったらこわ…申し訳ないでしょ?放課後の方が仕事多いし」
今怖いって言いかけたねキミ。
それに、鶯谷さんが怒ったのは宇佐美くんが日直の仕事を忘れたことについて全く悪びれなかったからだと思うけど……どうせこうなってしまった以上、仕事内容は把握しなきゃいけないのは確かだ。
何より、鶯谷さんと犬飼くんの問題はあたしには関係ないことだ。そこにまで関わる気もかじりつく気もない。
「…仕方ないか……」
「わ、ありがとう!さすが中村さんだね!」
何がさすがなのかは全くわからないし依然面倒なことには変わらないけど、抗議してももうどうにもならなそう。あの日あんなにサボり日和だったことを恨むほかない。委員会の開かれる教室は上級生のクラスのようだ。犬飼くんが教えてくれたその場所をしっかり頭に入れる。
「僕、日直の仕事が終わっても教室で待ってる。多分プリント貰うから、それとどんな話だったか聞かせてくれればそれで大丈夫だよ。それじゃあ、悪いけどお願いね?」
「もっとかわいくお願いしてくれたら頑張れるかも。ほれほれ~、かわいくおねだりしてみなよ~」
「ええ!?ど、どうしたら…」
「良い良い!こんな無茶振り気にしないで犬飼くん!めぐには私が言っとくから!」
「あ、う、うん…」
急に割り込んできたのは、今まで口を挟まず様子を見ていた裏切り者の香帆。香帆の言葉に、犬飼くんはじゃあまた後で、と私に一言声をかけてから男子の輪に戻っていく。
「何であんな無茶振りするかなー。犬飼くんが可哀想じゃん!」
「何でいきなり香帆が入ってくんのよ。香帆には関係ないことでしょ」
「え……」
香帆がまるで当然のようにあたしを叱る。香帆はいつものノリなんだけど、多分文化祭実行委員の件もあって、その時はそれに妙にむっとしてしまって。別に怒ってもいなかったけど、恨みがましくそう言ってやる。香帆は想定外だったようで、存外傷ついたような、驚いたような顔で言葉に詰まった。
「…めぐ、怒ったの?」
「別に?」
「だ、だって…犬飼君と話してる時のめぐが……」
急に動揺を見せる香帆に、内心、ああ、と察する。
「香帆」
「うん?」
「もう、席戻んなよ。そろそろ先生来るよ」
「! や、あの…」
「怒ってないから」
「…。…うん、わかった…」
後ろ髪を引かれるように自分の席に戻る香帆の背中をあたしは見なかったし、珍しく先生が来る前に一時間目の授業の教科書を机の中から取り出して準備をした。

“怒ってないから”

その言葉は紛れもなく本当だ。
右からほんのり感じる視線が誰のものか確認しようとは思わなかった。

 

 

~~~~~~~~
「……自分たちの教室は、プリントに書いた注意事項を守ってくれれば自由に使ってもらって大丈夫です」
「それから、体育館のステージは部活や有志グループの発表の場として、時間で区切ってその時間内で使用してもらいます。使用する場合は、期限の日までに申請用紙に必要事項を記入して実行委員会まで提出が必要です。部活の代表者や、有志グループの代表者には来週水曜日に開く説明会に参加してもらうように伝えてください。そこで申請用紙を配布します」
「記入された内容によって、担当がタイムテーブルを決めます。詳しくは説明会で改めて詳しく説明しますが、申し込みの団体が多かった場合は抽選になるので、そこは忘れず伝えておいてください」
数十分前から続いている、文化祭実行委員会。実行委員長だという3年の先輩が、プリントに沿って説明を行ってくれている。あたしはうとうとしながらも、必要そうなものはメモを取り、珍しくちゃんと話を聞いていた。
「出し物が決まる前の全体的な説明は以上になります。誰か質問がある人はいますか?」
シン…教室内が静まり返る。まあ、ないよね。このプリントも実行委員長の説明もわかりやすかったし。誰からの質問もないことを確認すると、実行委員長は満足げに人の良さそうな笑みを浮かべた。
「…じゃあ、第一回の文化祭実行委員会はこれで終わります。一人しか来ていなかった組は、もう一人の分のプリントも持っていって内容の共有をしておいてください。それから、次回の委員会までにクラスの出し物を決めて、報告できるようにお願いします。次回は10月15日です」
その言葉を皮切りに、ガタガタと他の実行委員が席を立つ。
私も筆記用具を片づけて、皆に倣って席を立つ。お次は教室だ。犬飼くんが待っているはず。
階段を降りて、もうシンとした廊下を一人ぱたぱたと歩く。さっさと帰って、お父さんは遅くなるって言ってたから夕飯を作らなくては。私も待つと言っていた香帆は何時になるかわからないから先に帰した。昼休みにその話をしたら少し食い下がるような様子を見せたけど、その内に朝同様、わかったと一言呟き、帰りはそのまま何も言わずに帰って行った。挨拶もなしに。…だから、本当に、一ミリも怒ってないんだけど。あたしはそんなに仏頂面だろうか。
今日一日を振り返り、そんなことないよなぁと再確認しながら1-Eの教室まで誰にも会わず辿りついて扉に手をかけると、中から話し声が聞こえることに気づく。
「……なの」
「そっか…」
「…ね。こんなの、………て」
「ううん。僕…、いつでも………てよ!」
この声は鶯谷さんかな?何やらお取り込み中っぽいけど、変に立ち聞きの形になるのも悪いし、がらりと扉を開ける。その途端、犬飼くんと鶯谷さんの視線があたしに集まる。鶯谷さんは驚いたような表情であたしを見つめる。
「あー、犬飼くんお待たせ。鶯谷さんもまだいたんだね。日直お疲れ様」
「中村さんも実行委員会お疲れ様。行けなくてごめんね」
「あっ…そっか、犬飼くんと中村さん文化祭実行委員会だっけ…って、今日委員会だったの!?言ってくれれば私が日直やっといたのに!」
何も聞いていない様子のあたしに(いやまあ実際何も聞いてないけど)ほっとしたように鶯谷さんが肩の力を抜いたのも束の間、大きな声を上げる。
「あ、それは犬飼くんが鶯谷さん一人に任せたらこ」
「あーー!!わーーー!!!」
面白そうだから暴露してやろうとしたのに、本人に阻止されてしまった。あまりいじめすぎるといたずらで報復されそうだから、そこで黙っておく。相手は犬飼君だ。敵に回さないにこしたことはない。
「う、鶯谷さん!悪いんだけど、日誌お願いしてもいいかな!?これから委員会の話聞かなきゃいけなくて!」
「あ、うん。わかった。じゃあ私先に帰るね。」
「うん!ありがとう!また明日!」
「また明日。中村さんもまた明日ね!」
「うん。ばいばい」
鞄と日誌を持った鶯谷さんが教室から出て行って、その足音が遠くなっていく。また、教室には静寂が訪れる。外から、野球部の声が聞こえた。
「…なんで言おうとしたのさ」
「言っちゃだめって言われたっけ」
「言ってないけどわかるでしょー、もうっ」
頬を膨らませた犬飼くんがそう言うも、全然怖くない。あざとささえ感じる。狙ってやってんじゃないのか犬飼くん。
「まあいいや、はいプリント」
「あ……うん、ありがとう!」
「プリント自体がわかりやすいからそれだけでも良さそうだけど、一応メモも入れといた」
「ふんふん…」
渡したプリントに彼が目を通している間、手持無沙汰になりすぐ近くの机に腰掛ける。椅子でなく、机に。足をぶらぶらさせながら犬飼くんの次のアクションを待つ。
「んー…いつにしよっか、出し物決めるの。」
「いつでもいーんじゃない?次の委員会に間に合えば」
「みんなに事前にアンケート取ったりすべきかなぁ」
「それめんどくさぁ…」
「……」
犬飼くんが実行委員の仕事について投げかけてくる言葉に、思ったままに言葉を返す。
言葉が止まって、どうかしたのかと視線を彼の方に向けると、ばっちり視線が絡んだ。
「どうした少年」
「…中村さんって、面倒くさがり屋さん?」
「よく気付いたね。10点」
「そりゃね…って、何の点数なの…」
「で、それがどうかした?」
「面倒くさがり屋だから、練習とか嫌いそうだなーって。なにのマウンテンバイクの大会で良い成績取れちゃうなんて、いわゆる天才?って思ってさ。しかも塀とか走ってたよね…」
「あー……」
そういえば、彼を下敷きにしかけたこともあったっけ。その節はほんと、びっくりさせて申し訳ないと思ってる。
しかし練習…練習か……
「それは…多分、単純に触れてる時間が長いから。人生の半分くらいは一緒だし、それに……」
言いかけて、よぎった記憶。まだ明るい時間から、夕方になるまで。休日は一日中だって。ずっとずっと、出来そうもないような技を成功させようとしてた頃。
「…ほぼ毎日、時間の許す限りそればっかりやってた時期があったからね。自然と出来ることが増えただけ。できることが増えれば、やったことないのをやってみようと思うし」
「へー…じゃあ、やっぱり練習の成果なんだ」
「どうだろ…それを練習って思ったことないから」
「ふうん…でもさ、やっぱり、大変だったり辛いこととかあったんじゃない?それを続けてこれたんだから、すごいと思うなぁ」
辛いことを、続ける?苦しいことを?
「あたしは…あたしの好きなことを好きなだけやってた、だけ。そうしたら、たまたま上手くなってただけ。辛くなったら、あたしが続けてるはずない。さっさとやめて、それだけ」
マウンテンバイクに没頭したのは、…多分、いろんな理由があったけど。別に、あれを乗りこなしたいだとか、上手くなりたいだとか、大会がどうのとか。最初はそんな理由じゃなかった。今でこそ大切なあたしの相棒。いや、それ自体は買ってもらったときから変わらないけど、あれを買ってもらったときと今と、いろんなことが変わったから。
あたしはやりたいことしかやらない。それが楽しく生きるコツだと思うし、…嫌だと思ったことには、関わらないのが一番だ。

 

言いきったきり、何も言わなくなったあたしに何を思ったのか、犬飼くんはあたしが座った机に手をかけてしゃがみこみ、こっちを見上げてくる。その頭には朝と同じように垂れた犬耳が見えるようだった。
「……中村さん、もしかして怒った?」
「いや、別に?」
何なんだ今日は。同じ質問を二回も。本当にあたし仏頂面なんじゃなかろうか…でも、今度は言葉通りに伝わったらしい。しょぼくれた雰囲気を消した犬飼くんが、くりっとした目でこっちを見上げながら首を傾げる。
「んー…このちょっとだるだる系なところが、中村さんの魅力?」
「犬飼くんはあざといよね」
「!? そんなことないよ!」
だるだる系、か。なかなかしっくり来る。いわゆる悟り世代ってやつだろうか。
まあ、何にでも全力で、元気はつらつで、厄介事にことごとく首を突っ込んではなんだかんだで解決しちゃうような暑苦しい奴じゃないんだよね、あたし…。いやほんと、さすがだと思うね歴戦の熱血主人公の皆さまは。
「…あ!クール!クールなんだね中村さんは!」
「…そりゃー、今時熱血主人公なんて時代遅れでしょ」
「主人公…って、何の…?」
「あたしの人生」
「!! 中村さんカッコいい!!」
「ふふふ。君の人生じゃ、君が主人公だぜ犬飼くん」
「カッコいいーー!!」

 

そう。
なんてったってあたしは時代最先端の主人公。
時代遅れじゃいられるはずもないんだ。

 

 

9月25日
日直 犬飼・鶯谷
欠席 なし

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