学級戦争第十九話「9月23日」

2018.06.18

 

 

教室、右端の列の前から三番目。そこが俺の席。
教室、左端の列の前から二番目。そこがあいつの席。そのすぐ後ろでは、いつもお前の隣に立ってるやつが紫色の髪をいじっていた。
…わかってるんだ。小学校からの仲だろうが、お前らの間に入れないことくらいは。俺がどんなに三川のことを好きだって、どうせ宮下は俺よりもずっと前から三川のことを好きで。勝てっこないなら、最初から言わない。
視線は教室の反対側の眠そうなピンク頭を捉える。授業も耳に入ってこない。
不意に宮下が人差し指で三川の肩をトントンと叩いた。それに気づいた三川があくびを一つして、宮下の方へ体を寄せる。
ピアスだらけの耳に、宮下が何事か囁く、と。眠そうだった三白眼が見開かれ、みるみるうちに三川の顔が真っ赤に染まっていく。
怒ったように前を向いて勢いよく突っ伏した三川。その様子を、喉で押し殺しながらくつくつ笑って眺める宮下。見えたピアスだらけの耳は、真っ赤だった。
胸の痛みで吐き気がした。俺は視界から二人を外すと

「…てさん。……室舘さん!」
「へぁっ?はい!」
「…質問は聞いていましたか?」
東間先生が、あくまで聞き方と声音は柔らかく、だけどその目は冷めた色で私を見据えていた。
「…す…すみません…聞いてませんでした…」
「…室舘?」
ひい!声音まで冷え切った!?ワントーンくらい低くなったんじゃないかと思うような先生の声に、つい目をそらしてどこを見ているやら、机の上の、プリントで半分隠れたノートをじっと見つめる。
「はぁ…授業はしっかり聞こうな。これで習ってないところがテストに出ましたなんて言われても先生が困る」
「は、はい…」
「じゃあ…森谷。今の問題の答えは?」
「はい」
ため息を隠さなかった先生が、私の後ろの森谷くんに質問を振って、ようやく解放される感覚に肩の力を抜いた。…やらかした………
授業中はしっかりしないといけないのに妄想に浸りすぎて何にも聞いてなかった…!
あー、でもいいとこだったのになぁ。最近萌えだしたやつだけど、やっぱり透凛前提の兎凛は熱い。あっ、この兎は宇佐美くんのことね。表記するときはこっちのがスマートだし可愛いしでもう今私「宇佐美」っていう兎を彷彿とさせる苗字に感謝しかしてない。「宇佐美」って苗字がもう尊い。かわいい。名前がかわいい。宇佐美くんが日直だった日の朝はもう眼福以外の何物でもなかった。犬飼くんもなぁ。彼、もうなんていうか小悪魔。そう、小悪魔。私にはサキュバスとかにしか見えてない。うろちょろあっち行ってはこっち行って誰かしらとじゃれてるんだよ。誰かしらとじゃれてるんだよ!!!!!私の記憶では小学校で一番仲よかったの篠沢くんじゃなかった!!?最近絡んでなくない!?それとも何かあるの!?私が見逃してる密会とかあるの!?ああもうほんと犬飼くんの持ち物とかになりたい!!常に持ち歩いてる何かに!!そしてその視点で結局誰とそういう関係なのか確かめたい!!透凛前提の兎凛からの兎←犬とかもめっちゃありだと思うし最高。確認したい、本当に確認したい!あわよくばいちゃいちゃタイムを見せるんだ!!だってほら透凛はもう付き合ってないわけないから確かめるとかじゃないじゃない!?もうどこまで進んでるのか確かめるとしたらそこでしょ!?
というか篠沢くんだけど、中学入ってからは誰と仲がいいんだろう……こう、いい意味で目立たない人だからなぁ…席は前がヘアピン王子で右隣が親分、後ろが高里さんで左は鳥海くんか…なるほど派手だ。目に付かないの納得。いい意味で。まあ王道で犬飼くんでもいいけど、この中じゃ案外親分もあり……いやいやいや、言っても親分はシズシズしか見えてなかったわ。だめだ。だめじゃないけどだめだ。そこはいつまでも仲良く喧嘩してて。ケンカップル。そうだなぁ…となるとむしろ…二ノ宮くんとか?……そうか、二ノ宮くん…二ノ宮くんと篠沢くん…か…うーん……にのり……にのりかぁ…
二ノ宮くんって案外世話焼きだよね……篠沢くんは…篠沢くんは、そうだなぁ…「真の人畜無害枠」というか…手のかかる問題児たちに疲れる二ノ宮くんのオアシス篠沢くん的な…なるほど……にのりは盲点だったかも…アリだな…癒やし枠……いやでもやっぱり透凛には及ばないか…?1-Eの最大CP(室舘調べ)だもんな透凛…
………今後の進展に期待ってとこかな。

ここまで考えたところで、チャイムが鳴り響き現実に引き戻される。やっば、結局全然授業聞いてなかった…今日は掃除がない日だから、すぐに放課後だ。私も日直の仕事の準備をしないと。
「室舘さん、日誌書いてもらえる?俺より字綺麗だよね」
「えっ、いやいや、普通だと思うけど…」
同じ日直の森谷貴志(もりたに たかし)くんが、話しかけてきた。他のみんなは、早々に帰り準備を済ませて続々と教室から出て行く。字が綺麗と言われたものの、むしろ森谷くんの方がいいところの坊ちゃんらしい、読みやすくて綺麗な字だ。プリント回収で後ろから回ってくるときにその文字が見える限りは。
「まあほら、黒板掃除とか俺のがいいでしょ。身長あるから」
「あ、うん…じゃあお願い」
「了解」
森谷くん…いい人だなぁ。でも私は知っている。彼が結構なレベルのオタクであることを。擬態うますぎないか…?あれで誰が細川くんや六島くんの話に余裕でついていけるように見えるだろうか。
とにかく、今日の日誌のページを書き込んでいく。と、15分もしただろうか、私たち以外に誰もいない静かな教室に、廊下から騒がしいバタバタという足音が届いて、教室の後ろのドアがばん!と乱暴に開く。反射的にそちらを振り向くと、古後知くんが立っていた。古後知くんはサッと教室に目を走らせて、するすると机の間を抜けて、教卓の方へ駆けていく。
「古後知?どうし…」
「ごめん説明あと!匿ってくれ!」
「は?」
それだけ言うと、廊下側から「逃げんなシズルーーッ!!」という怒鳴り声が近づいてきて、古後知くんは教卓に潜り込んだ。
その直後、上履きが廊下をこする甲高いキュッという音とともに車屋くんが姿を表した。つまり…これは………

シズ昴っ!!!!!!!

 

あああああああああああああlこじひゅvっでhfdjfsdぐfh;;;;;;;;;
ありがとうございます!!!!!!

 

「シズルッ!!神妙にお縄を頂戴しろいッ!!…あ?」
「……ああ~…」
森谷くんが納得したように一つ声を発する。車屋くんは教室の中を見渡し、掃除用具の入っているロッカーの中まで確認する。
「森谷、室舘。シズル来たろ?」
「うん、来たよ」
「!?」
匿ってくれ、と言われたにも関わらず、森谷くんがいつもと変わらない様子でにこやかに言い放った。
「本当か!?どこだ!」
「なんか匿ってくれっていうからさ、断ったら薄情者!って言って前のドアから出てったよ」
だけど、その口からまるで今起きたことのように語られたのは真っ赤な嘘。森谷くん…すごいな…
「何!?」
それを聞いた車屋くんがそのままドアに向かって走っていき、廊下を見渡した。
「…チッ…相変わらず逃げ足の早い…もちっと探してみっか。納得いかねェもんな。ふたりともありがとさん!」
「おう、がんばれー」
「い、いってらっしゃい」
私は何もしていないけど、満足げに満面の笑みを見せた車屋くんが出て行った。ご馳走さまでした。ナイススマイル。推せる。
「……はい、これでよかった?」
森谷くんが教卓に隠れているだろう古後知くんに近づくためかしゃがみこんで、姿が見えなくなる。
「いや、ありがてーけどさ…ヒヤヒヤさせんなよ…」
「この方が納得するかなって」
「っし、んじゃ俺は帰るかな。ほんとサンキューなふたりとも!」
教卓から這い出して立ち上がった古後知くんも、車屋くんのようにニカっと笑顔を見せる。…似た者同士では、あるんだけどなぁ…いやまあ、そこがまた萌えるポイントというかなんというか、ほんといいです。語彙力が滅亡してる。車屋くんがつっかかってくるのも楽しんでるでしょ本当は。かわいいなって!!!!!!!思っちゃってるんでしょ!!!!!!!追いかけられたいから逃げるんでしょ!!!!!!車屋くんも車屋くんで負けたくないからっていうより構って欲しいから追いかけてるんでしょ!最初はそうだったかもしれないけど、だんだんと変化してった気持ちにほんのり自覚を覚えながらそれでもばれないように「勝負」持ちかけてるんでしょ古後知くんはそれを見抜いた上で知らないふりしてるんでしょ!!!!!!!????早く「オレが勝ったらオレ様の………し、舎弟になってもらおうか!」「じゃあ俺が勝ったら昴、俺の恋人になれよな」「こ……はッ!?」みたいな展開にならないかなぁ!!!!!!!!早くほら早く!!!!!!!!

「今度なんかおごってね、古後知」
「お前のが小遣いもらってんだろー、俺にたかるなって!」
「む、そういうこと言うんだ。じゃあ意地悪しちゃおうかな」
妄想がヒートアップしたせいで気づかなかったけど、いつの間にか、なぜか森谷くんがむくれていた。黒板消しを置いてすたすたと廊下に向かう。からら、と扉を開けて左右を見渡してから、声がよく通るように口元に手をあてた。
「車屋ーっ、古後知戻ってきたよー。こっちこっち」
「なにッ!?」
「あっ、てめ!森谷!」
廊下からうおおおおおという声とともに騒がしい足音が戻ってきた。
古後知くんが急いで教室の後ろのドアから飛び出してく。
「薄情者ーっ!覚えとけよーっ!」
「シズルてめええええ!!なんで逃げるんでぃっ!!オレ様と勝負しろーッ!!」
「だから今日はもう帰んなくちゃなんねーんだよ!明日な明日!」
遠のく声。嵐が去って、教室がシンと静まりかえる。そこに、静かに、だけど残酷な一言が楽しげに響いた。
「あはは、あの二人ほんと仲良しだよね」
「そ…そうだね…」
としか言えない。内心もうお祭りで。もう今出さないのに必死。私の頭の中ではさっきまでの妄想の続きが進んでいていい感じに壁ドンまで来てる。叫びたい。
……でもこれを
これを語ることの出来る友人が!!このクラスにはいない!!!!!
仲のいい友達はみんな他のクラスだし、正直言って私の趣味は一般的ではない。しかも最近熱いのはいわゆる生モノ。だから公共の場で大きな声で話せることでないのはもちろん、そもそも絶対に知られてはいけないとしっかり自覚してるし、悪目立ちするのも嫌だから基本的には隠している。
…となると、メインの交流というか、自由に語れる場はSNSになる訳で。
あああ早く帰ってこれを全部実録として描いてアップしたい!!このたぎる気持ちを形にして叫びたい!!学校でネタを与えられるのにこの空間の絵の描きづらさったらない!
というわけで早く帰ろう今帰ろうすぐ帰ろう。その後は特に問題もなく日直の仕事を手早く終わらせた。森谷くんへの挨拶もそこそこに、日誌を抱いて人もまばらな廊下を足早に歩く。目指すは職員室だ。そして提出してすぐ帰る。

 

「失礼します…」
二回ノックしてからそろりと職員室に足を踏み入れると、すぐに東間先生がデスクに座って仕事しているのを見つけた。雅楽川先生と話してる…待ったほうがいいのかな…

「東間先生これ、私、先週の休みに実家に帰ってきましてねえ。お土産です、どうぞ。地元の銘菓です」
「……どうも」
東間先生がいつもと変わらない笑顔で、雅楽川先生が差し出した箱のお菓子を一つ手に取る。
「あの、これ栃木の銘菓じゃ…」
「ええ、お土産くらいにしか買いませんが、なかなか美味しいですよ」
「…以前いただいた時には博多の銘菓だった記憶があるんですが」
「ささ、おひとつどうぞ」
「はぁ。あの、雅楽川先生?できれば会話をしていただきたいんですが」
「私の出身ですか?もちろん栃木ですよ。こうしてお土産も買ってきていますから」
「そういうことではなく、そういう無意味な嘘を…」
「おや、室舘さん。君もおひとつどうですか?」
「え、あっ」
二人の会話を眺めていたら、急に振り返った雅楽川先生に話を振られ、反応が遅れる。い、いいのかな…
「君は先日の情報のテスト、とってもよく出来ていましたから。ご褒美です。東間先生には内緒ですよ」
「内緒って…」
すぐ後ろで超見てるんですが…というか、聞こえてもいるよね…そして正直今それどころじゃないのですが。心が。
困ってしまって、東間先生に視線を送る。それに気づいた先生が、呆れたようにため息をついて、くるりと私たちに背を向けた。
「ほら、今の内に!ねっ」
「は、はぁ…いただきます」
お菓子を一つもらうと、雅楽川先生は満足そうに自分の席に戻っていった。
それを見送ってから、日誌を提出しにきたことを思い出して、本来の目的を達成する。
少しだけ話した東間先生は、なんだか機嫌の悪そうな顔をしていたけど、今の私にはそれさえもツンデレにしか見えない。

「失礼しました」
ぺこりと一礼して、静かに扉を閉じる。
「……いやいやいや。いや」
いやもうマッジでええええええええええええええ@ぽhsg?ぁsちゃgcあsんcjぁdfん
だってそんなさああああああああああこの前くらいからあの二人もちょっといいなって思ってたところにこのあああああああ無理です無理たすけて雅東沼に落ちるううううううううううううううう

「…か、帰ろう。」
内心新たな沼に足を取られた衝撃で絶叫しているけれど、だからこそ今携帯がないことがもどかしくて仕方ない。隠そうとしてもだらしなくにやけてしまうことにも気付かず、職員室に向かったときよりも早足で妄想を繰り広げながら歩いていたせいか、六島くんと細川くんの二人組とすれ違ったことも、その二人がドン引いていたことにも気付かないまま、家に到着してすぐに部屋に飛び込んだ。

 

 

「は~……」
時間のある時に描きあげてアップするために、今日あったことを思い出してメモしておく。
一つ一つ思い出すたびについにやけてしまって、今の私相当気持ち悪いだろうなぁ。
この感動をリアルタイムに共有出来る友達がいないのはつらいといえばつらいんだけど、クラス替えしてほしくないくらい今のクラスは豊作だ。

いや待って?……クラスが違うからこそ、みたいなのもある?あるの?えっやだどうしようあっあっ無理それやばいちょっと待って他のクラスの男子調べなきゃじゃん尊い!!

二次元はもとより、最近はもっぱらクラスの男子で掛け算するのが楽しすぎて私はもうダメです。
ありがとう世界。明日も期待してます男子諸君。

 

 

9月23日
日直 室舘・森谷
欠席 なし

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