学級戦争第十八話「9月22日」

2018.06.18

 

 

最初のきっかけは何だったか。どうでもいいような小さなことだった気もするし、絶対に譲れないようなことだった気もする。いやいや、まあ、そんなことはいいんだ。些細なことだ。もう3日も前の話、今更思い出すのも馬鹿らしい。なぜなら俺は過去を振り返らない男。

とにかく俺は今、凛と喧嘩中だ。

 

 

「……来てるわけねーよな」
始業よりもずっと早い、誰もいない教室。朝の空気は少しだけ冷え込んでいるが、日差しが強いからシャツの腕を捲ってちょうどいいくらいだ。日直の仕事をするためにいつもよりも早く登校したが、誰もいない。
そう、本来いなければならないはずの奴さえもだ。俺の出席番号一つ前…なんだかんだで小さい頃からつるんでいる腐れ縁の三川凛之助。親同士の仲がいいせいもあるのかもしれないが、何故か幼稚園のクラスも小学校のクラスもずっと一緒。おまけにこの名字のおかげで出席番号に至ってもこれまで前後という、俺的にはおいしくない状況を更新し続けている。どうせなら前後両方女子のがいいに決まっているのに、だ。
まあとにかく、そいつがいない。迎えに行ってないし、いるはずもないけど。…まあいい。喧嘩中なんだし、いないならいないで気は楽だ。さっさと日直の仕事を終わらせよう。
もらってきた日誌を適当に教卓において、窓を開けながらぼんやり考える。

…タイミング悪かったよなぁ

数日前に盛大に喧嘩をしてから、口を聞いていない。それに昨日は、いつもなら特に決めているわけではないがなんとなく共にしている登下校もなかった。
そもそも俺たちは普段から全く喧嘩をしないわけじゃない。むしろ、それがおふざけにしろそうでないにしろ、口喧嘩なんてものは日常茶飯事だ。
だけどそんなものはいい。日常茶飯事だから。どちらかが謝るものではなく、それがいつも通りの形。ただ、今回のはそれで済まされないものであっただけで。
もう俺としてはきっかけも曖昧になってきた。単純に互いにイラついてて変に発展しただけの気もするし、もうなんで怒ってたかも曖昧な今となっては別にこっちが折れてもいい気分ではあるのだが、……凛の態度を見るとどうにもその気が失せる。

登校時間が早めな奴らが教室に到着し始め、各々始業までの時間を過ごし始めて、俺一人で日直の仕事を終えた頃になっても、普段つるんでる奴らが一人も来なくて退屈だ。中学に入ってからは、凛の他に犬飼や宇佐美ともよくつるむようになったから、そのへんがきてくれれば退屈もしのげるんだけど。
「だから違うってばー!!もう、三川くんのイジワル!!」
「あー?どうだかな。宇佐美はどう思うよ」
「案外あるかもな」
「宇佐美くんまで!もー、二人とも今に見てろよー」
姿を見なくてもわかる騒ぎ声。…本当はしちゃいけないはずの声も、楽しげに笑う声がする。ため息をひとつ。俺だって真面目な方じゃないから、大きなことは言えないけど。日直サボって優雅に登校ってどういうことだ。黒板消しを黒板のレールに置き、チョークも並べていく。
「あっ おはよう宮下くん!早いねー」
「おう透、今犬飼に………」
扉が開いて、朝の挨拶をする犬飼の後ろから、一瞬だけいつも通りの凛が顔を覗かせ、俺に話しかけようとして固まる。…今あいつ、忘れてたな喧嘩してんの。
そのままみるみる不機嫌な顔になり、犬飼を追い抜かして俺の横をいくらか乱暴に通り過ぎて自分の席に座った。…つきたくてついてるわけじゃないのに、またため息が出る。自分は怒ってます、不機嫌です、と言わんばかりの露骨な態度に、だ。
「ね、宇佐美くん。あれやっぱり…」
「あー……」
口元に手を当てて、ひそひそと宇佐美に話しかける犬飼に、全て察したような宇佐美。二人は俺を一瞥すると、何も言わずに各々の席に向かった。ああもうほら。こういうのが面倒で嫌なんだ。二人の席のあたりに行って雑談しても良かったが、変に気を遣われるのも嫌だったので、俺も自分の席に戻ることにする、と。

「…………」

何も言わない凛が、珍しくきちんとした向きで自席に座っていた。
いつもなら、教室を見渡す様に椅子にだらしなく横を向いて腰かけ、甘ったるいジュースを飲みながら他愛ない話でもしている。…のだが、昨日からの凛は姿勢は悪いながらも椅子をきちんとあるべき向きで使っているし、これでもかと言わんばかりに俺に背中を向けている。視線は何を見ているのか知らないが、校庭へ。身体全体から発される雰囲気が語る言葉はひとつ。「話しかけるな」、だ。

 

 

そんな全開で態度に出さなくてもそんなことしねーよと思いながらも、その態度にいらいらしながら椅子を乱暴に引いて、足を組み座る。もう見飽きたくらいのピンクの髪だとか、そこから覗くピアスだらけの耳すらも苛立たしくて、そいつを視界から外しながら、隠す気もない舌打ち。

折れてもいいとか思ったけど、前言撤回。やっぱ今のこいつ相手には絶対折れたくない。

 

互いに互いの存在をあえて無視したまま沈黙を続ける。不穏な空気をみんな感じ取っているのか、教室内も心なしかいつもよりも話し声が控えめだ。…俺の気のせいかもしれないけど。
そんな空気を作っている本人に、一切悪びれがないことがまたむかつく。ガキかよ…
そうしたままズルズルと時間が過ぎてチャイムがなって、いつも通り点呼が行われた。今日は今の所、欠席者はいない様だった。
HRで話される連絡事項も頭にきちんと入ってこないまま、今日の時間割を考える。一時間目は確か…理科か。ってことは、教室移動が…
「はい、ではみなさん今日も一日元気に頑張りましょう」
「犬飼、宇佐美 理科室いこーぜ」
凛の声と、周りのクラスメートがざわざわと話しながら立ち上がる音で我に帰る。HR、終わったのか……
わざわざ凛に指名された犬飼がオロオロしながら、すでに教室から出ようとしている凛とまだ座ったままの俺を交互に見る。
「えっ う、うん。宮下くん、」
「…オレ先に行くから」
「あっ、えっ?ちょっと、三川くん!?」
どうやら犬飼は気づかないふりでいつも通りに接することに決めたらしい。理科室へ向かうので俺にも声をかけようとした瞬間、凛が教室から出て行く。今度は何度か凛が出て行った扉と俺の間で視線を往復させた後に、僕も先に行ってるね!宇佐美くんと一緒に来てね!とだけ告げて、慌ただしく出て行った。
「もー!三川くん昨日から変だよー!!」
犬飼の悲痛な叫びが遠ざかるのを聞きながら、机の中の教科書を探していると、すぐ横に人の気配。軽く顔を向ければ、宇佐美が立っていた。
「…何、喧嘩でもしたのお前ら」
「見たらわかるだろ、あのクソ凛、露骨だし」
直球で聞いてくる宇佐美に、イライラした気持ちのまま答える。変に気遣われるよりはそうしてくれた方がよっぽどいいけど、それでイライラした気持ちが消えるわけではない。なんなら、見ればわかるんだからわざわざ聞くな、とさえ思ってしまう。
「俺に当たるなよ」
「別に当たってない」
「そ。じゃあそういうことでいいけどさ。犬飼がすげー気にしてるからさっさと仲直りしたら」
「俺から謝る気ねえし」
「…まあ、俺はどっちでもいいけどさ」
その言葉どおり、宇佐美はその後喧嘩については何も言わず、昨日やってたテレビ番組だとか連載の続きが気になる漫画だとかの話を振ってくる。だから俺も、そこからはイライラした気持ちを忘れて、くだらない話をしながら授業へと向かった。

 

 

 

結局、今日も凛と言葉を交わすことなく、一人で下校して家に帰ってきた。気晴らしに、だれか女子でも誘って遊びに行こうかとでも思ったけど…なんだかいまいち気分が乗らない。朝はもちろん放課後も当然のように日直をサボった凛にさらに苛立ちを募らせながら、適当に仕事を済ませ帰ってきたってわけだ。まあ??クソガキの凛ちゃんには表面を取り繕うだなんて事もできないようなんで??仕方ないですけど!!
「ただいま」
「ああ、おかえり透。おやつあるわよ」
リビングに入ると、テーブルで雑誌を読んでいた母さんが冷蔵庫を指差す。
「何?」
「プリン。ほら、隣町の。涼子ちゃんと凛ちゃんが好きなやつ。涼子ちゃんこの前また大会で賞取ったらしいじゃない?だから軽いお祝い。あんたの分も買ってきてあげたんだから届けてきてよ」
「え」
普段なら断るはずもないお使い。ただ、今は。届けに行くってことは、凛の家に行かなきゃならないわけで。できれば、避けたい。
「あら、なあに?アンタが涼子ちゃん絡みでそんな反応するなんて珍しいわね」
「あー…まあ……」
言葉を濁すと母さんが首をかしげた。
そりゃまあ、行きたくない。あの態度見るたびにこっちもこっちで苛ついてるのだから。先に折れたほうが負けだとか、そんなガキみたいなことはそれこそ思ったりしないが、それでも釈然としないのは確かだ。
…でもまあ、ここらが潮時か。凛から折れること、ないだろうし。面倒くせえ幼馴染だよ、ホント。
「…母さん、これ俺の分もあるんだっけ」
「うん、だから自分の分は抜いて持ってってよ?」
「いいよ、持ってく」
冷蔵庫からそれらしき袋を取り出して中身を確認する。ガラス製の容器に入ったプリンが5つほど。そのまま持って、玄関に向かう。
「涼子ちゃんと一緒に食べるの?アンタ本当に昔から涼子ちゃんのこと大好きねー」
「まーね。涼子さんは俺の運命の人だから」
「あはは!そうね、結婚目指して頑張んなさい。じゃ、行ってらっしゃい。車には気をつけて、あんまり遅くまでお邪魔するんじゃないよ」
「へいへい。いってきまーす」
お気に入りのブーツに足を差し入れ、ジッパーをあげる。
外に出ると、夕暮れのオレンジが街を照らしていた。携帯を取り出し、メッセージアプリを起動して「今からこの前の大会の入賞祝い持っていきますね」と打ち込んで送ると、すぐにそれを見たマークがつき、「なになに!?楽しみ!」と送られてくる。それを確認してから携帯をポケットへしまうと、歩いて数分のその家へ向かって足を踏み出した。

 

ほんの数分の道のりで、すぐに見えてきた、見慣れた屋根の家。…の、玄関先に凛。家の中に向かって何事か叫んでいる。
「んだクッソブス!!ふざけんなよ!!」
「……お前何やってんの」
「あ?」
玄関で。しかもよく見りゃ裸足で。俺の声に気付いた凛が振り返って、眉をしかめた。
「…何の用だよ」
言っとくけど全然怖くねえからな。裸足で部屋着で凄まれても。こいつならこれでわかるだろうと、手に持った土産を持ち上げて見せる。
「お前じゃなくて用があんのは涼子さんにだよ」
「!!」
袋を捉えた凛の目が光った。それもそのはず。この店のプリンは涼子さんの好物だが、凛の好物でもある。見逃すはずもない。
「…んで?お前は何してんの」
「お前には関係ないだろ」
「…んっの……」

その言い草と態度にまた苛立ちが蘇る。
…そう、こいつは、昔から謝らない。
今まで何度となく喧嘩してきたけど、俺が知ってる限りこいつが謝ったのなんて片手で事足りる。やらかしたことが正しかろうが間違っていようが、凛は自分の行動に対して謝罪をしない。
少なくとも、正しくなくても「間違っている」とは思っていない。
だから謝らない。謝るくらいなら最初からやらない。そういう奴だ、意外にも。そんでもって、今回に関しては俺も凛も、ムキになってしまって意固地になってるうちに退けなくなった。…ほんと、お互い馬鹿もいいところだ。

ふっ、と。今までを振り返る。
これまで、大きな喧嘩してきたとき。
殴り合いをして痣だの擦り傷だの作って鼻血も垂らしてお互いの親にこっぴどく叱られたときも、
涼子さんが試合に負けたときに凛が心無いことを言ってそれについカッとなって手が出てしまって喧嘩になったときも、
あのときも、あのときも。

 

結局俺が、先に折れるんだ、毎回。ま、仕方ないわな。俺が大人になるかね。

 

不本意だけど、今はまだこいつとつるんでバカやってるのが俺の日常で、そうでないとなんか調子が狂う。
だから、仕方ない。今のままじゃ犬飼もかわいそうだし。

「どうせあれだろ、まーた涼子さんに失礼なこと言って実力行使されたんだろ」
「あのゴリラ女マジでいつか泣かす」
「勝ったことねえじゃん」
「…う、うるせっ」
「ほら、俺が一緒に行ってやるから謝ろうぜ涼子さんに。これ結構入ってっから、うまくご機嫌取れればおこぼれ貰えんぞ。つーかまだ外あっちーんだから、悪くなるって」
「は?機嫌取るってなんでオレがそんなこと」
「じゃあ俺は涼子さんと食うし、残りはおばさんと涼子さんで分けてもらうだけだ。…いらないのか?」
「……っ……いる…」
絞り出すような声で答えた凛に、思わず吹き出す。そんなに葛藤することかよ。
はいはい、じゃあお邪魔しますよ、と玄関を開けようとしたとき。
「透」
「ん?」
凛が不意に俺の名前を呼んだ。もう呼ばれ慣れてるこの感じも、3日ぶりとなるとなんだか懐かしい感じもする。
「……」
言葉を探すように、三白眼の瞳がうろうろするのを見て悟る。
「…ああ、はいはい、俺が悪かったよ」
どうせいくら待ったってその言葉を自分から出せる奴じゃない。だから、先に俺が言ってしまう。そうすれば、きっと上からな返事が返ってくるだろう。

 

「………………おう、わかりゃいーんだよ」

 

長い長い間の後に返ってきたのは概ね予想通りの返答。どこか罪悪感の含まれた声色は、俺なら読み取れる謝罪を含んでいたから、まあ、今回は許してやるか。
結局のところこうなるのだから、腐れ縁ってのは、恐ろしい。

 

 

 

 

数分前、凛の家の中では、涼子さんと凛の母さんの間で
「ちょっとお姉ちゃん?なんで凛追い出したのー」
「昨日からイライラしちゃって鬱陶しいんだもん」
「仕方ないでしょー、透君と喧嘩して機嫌悪いのよ」
「そりゃ結構だけど機嫌悪いのまき散らされちゃこっちの気分が悪いじゃん。もーすぐ透来るからさ、ま、いわゆる仲人ってやつ?」「あら、そうなの?じゃあ冷たい飲み物でも用意しておきましょうか」
「さてさてどうなるかな~。上手に仲直りできたら透にハグの一つでもしてやるかね?」
なんて会話が交わされてたとも知らず。

 

 

 

 

 

 

9月22日
日直 三川・宮下
欠席 なし

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