学級戦争第十七話「9月21日」

2018.06.18

 

 

「ちょっと待ってねー…黒木ちゃんは何座だっけ?みのりちゃんも!」
「えっと……」
「う、占いなんて非科学的だわ、根拠もないし…」
「もうー、そういうの言いっこなしだよ!ほらほら、伊狩君との相性見てあげるから」
「わ、みのりちゃん、そうなの…!?」
「どうして今伊狩くんの名前が出てくるの!?」
「え?違うの?」

 

 

放課後の教室。いつもは各々部活動へ向かったり家路に着いたりして、掃除が済めばしんと静まりかえるこの教室も、今日は空気が華やいでいる。一つの机に寄り集まって、きゃいきゃいとはしゃぐ諸兄姉……まあ、全員女子なのですが。
耳をそばだてずとも聞こえてくる歓談内容は、どうやら恋占いのご様子。なるほど、女性の好きそうな話題だ。…これは、学級新聞に占いコーナーを載せることも一考の価値があると言えましょう。
……ふと、学級日誌に達筆な字で今日の特筆事項を書き込む御神先生は、そういったことに興味がないのか気になった。艶のある黒髪は綺麗なおかっぱに切りそろえられ、大和撫子らしさを出している。日誌に視線を落としているので少しふせられた目を覆う黒いまつ毛も、当然自分などは比較にならないほど長い。それに加えてミステリアスな透き通る紅い瞳。口とはこんなに小さなものだったかと動揺する、小さいがふっくらした唇。口数は決して多くなく、ミステリアスな雰囲気を纏っており、まさに“神秘的な美少女”と表現して差し支えない。いわゆるサブカル男子なんてものはこの設定だけで彼女に惚れかねない。そんな彼女とて我々と同じ中学生なのだから、占いに興味くらいあってもおかしくない。
「時に、御神先生は占いなどは嗜まれないのですかな?」
記入を邪魔してしまうことは少し気がかりだったが、声をかける。彼女の紅い瞳が日誌から自分へと移り、その鋭い眼に疑問が浮かぶ。
「占い?…いいえ、どうして?」
「ほうほう、そうなのですな!いえ、今学級新聞に占いコーナーを載せてみるのもいいかと思っておりまして」
他愛ない会話、のつもりだった。何を意識したというわけでもない、話の流れ。しかし自分の言葉を聞いた彼女は合点がいったように視線をまた日誌に降ろす。そしてこちらには目を向けず、いつもと同じ調子で言葉を続けた。
「…何か勘違いしているようだけど、私にはそんな力はないわ」
そこで初めて、自分は彼女に失礼なことを言ってしまったのではと慌てる。
「ああぁ、いえいえ!その!他意はなくて、女子の皆さんは占いの類がお好きなようですので参考までにと!」
すっかり忘れていた。そういえば彼女には、噂があったのだ。「未来を見通す少女」という、噂。
口数の多くない彼女。しかし、その発言は時に、その時よりも先の出来事をズバリ言い当てるだとか、運命を動かすだとか。噂にすぎない…とはいえ、火のないところに煙は立たないとも言う。実際、彼女専用のテストが作られているだとかいう話も聞く。
だからなのか、特に入学直後は噂を聞きつけた生徒たちが彼女の元へ殺到した。「占ってくれ」、と。その度に彼女が「そんな力はない」と断り続け…いつしか、彼女の周りからは人が消えた。
気分を害してしまっただろうか。慌てて弁明しても遅かっただろうか。女子との会話なんて、取材でもない限りほとんどしないものだから、どうにも勝手がわからない。けれど、御神先生はそんな自分の様子を見て表情一つ変えずに、書き終わった日誌をパタリと閉じてこちらを改めて見上げる。
「別に気にしていないわ。慣れてるもの」
「そ、それは…その…デリカシーに欠けまして、誠に申し訳ない…」
「…平気よ。細川くんはデリカシーがないどころかとても気遣い上手だわ」
表情こそ変わらないものの、その口調や声の調子に不快そうな様子はない。もしそうだと感じていても、態度に出さないとは人ができている。それどころか逆に気を遣わせてしまうとは。これは失態と言わざるを得ない。

「それより、細川くんは学校内の様々なことを調べているって聞いたのだけど…」
「ム!ええ、ええ、それはもう!なんでも聞いてください!」
「4階の扉のこと。あれについて、何か知らないかしら」
「4階の…ああ、あの廊下の突き当たりの扉ですかな?」
これは名誉挽回のチャンスと思ったが、あまり役に立てなさそうで内心肩を落とす。
「そうですなぁ、自分も気になって、5月頃に六島先生・森谷先生両名と取材へ向かったのですが…」

 

『むむぅ……太い鎖に南京錠…なんと厳重な…』
『これは何かあると見たね。主にオカルト話が』
『今度六島のカメラ持ってきて写真撮ってみる?何か映るかも』
『!?おおお、俺の神聖なカメラでなんてものを撮らせようとするんだ森谷!』
『あはは、冗談だって。その前に見つかって没収されちゃいそうだし』
『しかしこれは調査の価値があると見ましたぞ!学級新聞第一号の見出しに相応しいではないですか!“怪奇!四階の見えない廊下へ続く扉!その先には…”などどうでしょう』
『そうですねぇ、先生は“放課後の悲鳴!好奇心旺盛な取材班のトラウマ”なんて素敵だと思いますよ』
『そ、それでは我々がまるで何か出会ってはいけないものにでも…ん?』
『今の誰の発言だ……?森谷?』
『俺じゃないけど後ろにすごーく嫌な気配を感じる。振り返っちゃいけないやつ』
『わあ。それは怖いですねぇ。先生そういう話ダメなので、勘弁していただけるとありがたいです…というわけで、好奇心旺盛な取材班の皆さん?振り返って叫んでみましょうか?』

 

「……つまり、雅楽川先生に見つかり、言葉としては優しく“危険だからあまり近づかないように”と釘を刺されてしまい…」
あの時の夕暮れは一生忘れられないだろうと自分でも思う。振り返ったときのあの笑顔。控えめに言っても怪談話の中の登場人物になった気分だった。
「…そう。ありがとう」
「お力になれず申し訳ないです。…ここだけの話、そのあとも何度か調べには行ったのですが…ガッチリと鍵がかけられていて、鍵がない限りは開けられそうにもなく…。まあ、開けた先は外から見えるあの扉でしょうし、確かにただ危険なだけ…とあれば、我々の身の安全を守る教師陣としては当然の対応でしたな…」
あとあと、あれは“トマソン”という現代芸術だとか、資材を入れるために学校設立時に付けられたものだとかいう噂も聞いた。何しろこのクラスの中でも情報通の寺島先生も特に気になる情報はないと言っていたのだし、そういうことなのでしょうな。
「…私はそろそろ失礼するわ」
「それでしたら日誌は自分が職員室へ!記入は任せてしまいましたから」
「そう?じゃあ、よろしくお願いするわ」
「お任せください!帰路はお気をつけて!」
「ええ、さようなら」
スカートを翻し教室を出て行く彼女を見送ってから、もう一度窓の鍵を確認し、自分も職員室へ向かった。

 

 

~~~

どっかから運動部の掛け声が響く放課後。屋上の鍵はガッチリかけられていたし、脇の窓はもともと開かないようになってた。なんの為の窓だよ。こうして私の憧れの一つ「屋上でサボり」は見事砕かれてしまったわけだけど…さーてどうしたもんかなぁ。
ひとまず階段を降りて、顔だけ出して廊下に香帆がいないか確認。こうしていわゆる「有事の際」に使えるサボり場所を探そうとするとお説教モードに入ってしまって、うるさ……心配をかけるのも忍びないから撒いたわけで。見つかったら怒られながら家路になりそう。それは嫌だ。
「…あれ?」
キョロっと顔を動かすと、廊下の突き当たりに見覚えのある黒髪のおかっぱ頭。あれは…
「おーい、何してんの、御神さん」
「! 中村さん…でよかったかしら」
「おー、よろしいよ。そのドア近寄ってると怒られるよー、先生に」
思ったとおり、クラスメイトの御神さん。超絶美少女。夕暮れの廊下に立って振り返るだけで絵になるなんて、これだから美少女はずるいな?
それにしても、こんなとこで会うとは思わなかった。この扉、別に何にも面白みとかないけど。
「なんか変なとこでもあんの?」
「いいえ…わからないわ」
「え?わかんないのにそんなじっと見てたの?御神さん変わってんね」
もともと無口だし一人でいる方がよく見るし……ああ、鬼ヶ島さんがよく声かけてるかな?体育の時間とか、先生ってすーぐ二人一組にしたがるのなんなんだろうね。そういう時はよく鬼ヶ島さんが御神さんのところに走ってって、組んでるのを見る。
「変わってる…のかしら。いたって普通の生徒であるつもりなんだけど」
「ないんだ、自覚…」
意外と天然?とか?今のミステリアス美少女属性の上にギャップとか、それは盛りすぎだって。誰も勝てないって。無敵かって。
「私は…今まで、友人と呼べるような相手がいなかったから。よくわからないの。普通にしているつもりなんだけれど…」
「おっと、真面目だねー。てか、友達くらい何十人とできそうだけどねー、御神さん入学したても凄かったじゃん?転校生かって感じだったし。なんだっけ、未来が見通せるんだっけ?」
「やっぱり…そういうことになっているのね」
諦めたように目を伏せて頭を振る彼女。いちいち絵になるんだよなぁ……
「私は…あくまで勘がするどいだけ。人の心を読むだとか、ましてや…予知能力なんて持ち合わせていないわ」
今までてっきり、彼女が否定したような力を持ってるんだとばかり思ってた。だから次第に周りに誰もいなくなったのかと。…誰だって隠し事の一つや二つあるものだ。そんなもの見透かされちゃたまったもんじゃないし。まあ、鬼ヶ島さんはそういうのなさそうだけど。
「ふーん…つまりあれ?推理能力がめっちゃ高いみたいな?真実はいつも一つで、じっちゃんの名にかけてる系?」
「それも違うわ。推理と言うのは事実を元に仮定を組み立てる論理的な力。私の場合はもっと…そうね、コインを投げて裏が出るか表が出るか。それを10回連続で当てられるようなもの。勿論勘だから、外れることだってあるけれど」
「ああー…なるほど…なるほど?つまり超運が良いみたいな?うん?違うのか?よくわかんないや。まあアレだよね。誤解されて大変だね」
だんだん考えるのも面倒になってきた。だけど、事実と周りの認識がずれるってのは多分大変なんだろう。入学直後もつまりアレ、出来もしない占いやら未来予知を勝手な噂でやってくれって頼まれてたわけだ。うわっ、それ超鬱陶しいな。
「…中村さんって面白い人ね」
「そう?」
「ええ。…今まで、私の周りにはいなかったタイプだわ。」
「御神さんもね。あたしの周りにいなかったタイプっていうか、そうそう御神さんみたいの、いないっしょ」
「…そう?」
「…それもないんだ、自覚……」
「さあ、どうかしらね」
「かー、“さあ、どうかしらね”だってさ。ミステリアス美少女にしか言えないようなセリフが様になるんだもんなぁ、困るわ」
「フフッ そんなこと言われたのも初めてだけれど?」
「あららら、こんな美少女の初めてもらいまくりってこれは罰が当たっちゃうね」
「…もう時間も遅いわね。私は帰るけれど、中村さんもあまりサボりすぎるとサボれる場所全てに監視がついたりしちゃうかもね」
すれ違いざま、その辺の男子に向けたら一瞬で恋の奈落にまっさかさまな妖艶な笑顔で恐ろしいことを言うもんだから、顔が引きつる。
「うぇっ…それも勘?」
「そうね、勘」
「えぇー…それ当たりそー……当たんないようにしばらく真面目にしますかねー」
「それをお勧めするわ それじゃあ、また」
「ん、またねー」

どこか楽しそうな足取りの御神さんが階段に姿を消す。
いやー……話してみると御神さんって案外お茶目な人かも。楽しかったなー。それにしてもなんでこんなとこにいたんだろうなー……

…ま、考えても仕方ないか。考えても仕方ないことは深く考えない。それに限る。
言われた通り時間も時間だし、そろそろ帰るかねー。
私も扉に背を向けて、階段へ歩みを進めた。

 

 

 

 

「(めぐ……どうして?)」
廊下の曲がり角に一人の影。中村めぐと御神瑠璃子のやりとりを伺っていたその影は、胸元に上げた手をぎゅっと握りしめる。

「(…なんだか……私と居る時よりも、楽しそう…だった…。気のせい……かな。…ううん、そうじゃない……気のせいなんかじゃないよ…どうしよう…どうして…?)」

佇む影は、御神瑠璃子がいなくなり中村めぐが一人になっても動けず、中村めぐが階段に消えてもなお動くことができないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月21日
日直 御神・細川
欠席者 手島

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